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| 東 淵 修 ( 「銀河詩手帖」 主宰 ) |
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2005年10月の東淵修 |
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2007年5月 吉増剛造さんと俺 |
| 223号より / 東淵修 |
| 編集の音 |
| 先日の吉増剛造さん一行のおいでになった日の当日、飲み会にお誘いし、近所の串カツ屋にお招きし大いにさんざめいた終盤に、突如として吉増剛造氏が立ち上がり、真向かいに座っていた小生に向かって「この歳になって頑張っている東淵修さんに大いなる拍手をしよう!」とパン、パン、パン、パンと手を打ち始めた。それが始まると、ぼくも同時に手をたたき始めた。すると涙がはりさけるように出てきた。 |
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| 223号より / 山崎睦男 |
吉増剛造さん・マリリアさん
・ジャン=フランソワ・ポーヴォロスさんを
銀河詩のいえにお迎えして |
詩の元初に立ち戻っている。何という詩作品を朗読したかということは、二次的な問題である。吉増さんの朗読という行為が何であったか。
その朗読は、感情・言葉の生まれる現場(詩)に立ち戻って、それが生まれてくるところを私達に見せ、体験させてくれたと言えよう。
発する音声、体を使って出す音、姿、雰囲気は、言葉・意味を超え強く私達の生命にジカに伝達されてくる。「感情」・「言葉」の生まれる現場を初めて見る凄い体験となった。
・・・定型化(形式化)された芸術を一挙に破壊した、生まれたての詩が芸術が眼前にあった。 |
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| 既刊詩集 |
| 1967 |
陸続きの孤島 |
| 1967 |
釜ヶ崎二十年 |
| 1970 |
釜ヶ崎 |
| 1973 |
釜ヶ崎愛染詩集
釜ヶ崎の土 |
| 1976 |
釜ヶ崎の天と地
ここまでは「定本 東淵修全詩業 」行人社版に詳しい |
| 1983 |
おとうちゃんのぶるうす |
| 1995 |
釜ヶ崎に生きて |
| 2000 |
老人と鳩と釜ヶ崎と |
| 2007 |
釜ヶ崎と新世界と俺と |
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| 銀河書房発行詩集 (銀河・詩のいえ 2002年設立以降) |
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「銀河詩手帖」226号から 遺作 |
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「銀河詩手帖」225号より |
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「銀河詩手帖」224号より |
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| 希望の人は、銀河・詩のいえ TEL・ファックス06―6636―0326へ |
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詩集「釜ヶ崎と新世界と俺と」より |
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「銀河詩手帖」222号より |
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「銀河詩手帖」221号より |
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「銀河詩手帖」220号より |
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「銀河詩手帖」219号より |
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「銀河詩手帖」217号より |
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「銀河詩手帖」215号より |
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詩集「釜ヶ崎」 より |
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「銀河詩手帖」210号より |
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| 新聞掲載関連 |
| 1997/4/25 |
朝日新聞作品掲載 |
| 2003年に新聞に掲載されたもの |
| 2003/6/19 |
産経新聞に出る |
| 2003/9/11 |
読売新聞 夕刊に出る |
| 2003/9/12 |
読売新聞に出る |
| 2003/9/25 |
朝日新聞に出る |
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9月は「銀河詩手帖」200号についての記事を含む |
| 2003/12/20 |
大阪日日新聞 生原良幸の写真館 に出る |
| 2003年より前のものは、数十点あり、全て、銀河・詩のいえに保存しており、閲覧出来る。(1999年9月27日、朝日新聞 天声人語 など) |
| 2006年に新聞に掲載されたもの |
| 2006/2/3 |
毎日新聞夕刊に出る |
| 2006/11/1 |
毎日新聞(東京版)夕刊に出る |
| 2007年に新聞に掲載されたもの |
| 2007/1/7 |
大阪日日新聞に出る |
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| その他報道関連 |
| 2004/4月 |
タウン誌 「ザ・おおさか」に「銀河・詩のいえ賞」授賞発表のことで掲載される |
| 2006/2月 |
生原良幸の写真館 「関西 こんな人・あんな人」(2月26日出版)に出る |
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| 著 書 |
| 「カンカン人生」 彌生書房 |
1979 |
| 「夢幻之弐拾弐年」 銀河書房 |
1987 |
| 「おれ・ひと・釜ヶ崎」 リトル・ガリヴァー社 |
1997 |
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